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−野間口・牧・寺田地区−

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野間口 妙見山道標

野間口・妙見山道標

 江戸期文政11年(1828)、京都開運講建立の道標。江戸時代から明治、大正期にかけ京都方面より亀山(亀岡)、牧を通り妙見山参りが大変盛んだったことをうかがい知ることが出来る。この道標には、「右妙見山、左 京亀山道」 と刻まれている。牧からの道と余野からの道が合して清滝に向かう三叉路にあり、亀山(亀岡)方面からは右妙見山の面が見え、清滝から降りてくると左 京亀山の面が見えていたと思われる。

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野間口 瀧本訓導殉職記念碑

野間口・瀧本訓導殉職記念碑

 昭和13年(1938)7月妙見山麓のこの地では、7月3日から5日の間に総雨量300ミリを超える豪雨で多くの犠牲者、被害が出た。当時東能勢尋常小学校の訓導(教職)であった瀧本先生(33歳)は野間口地区の児童を引率し一旦は無事帰宅させたが、送り届けた直後に野間口集落が山津波に襲われ、集落は一瞬にして流された。この時先生は余野川に流された一人の児童を救うため川に飛び込み救助したが、自分は力尽き激流に流され犠牲となった。翌昭和14年瀧本訓導の慰霊と顕彰のためこの殉難記念碑が立てられた。

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牧 梅相院・地蔵道標

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現在の位置に移されたと見られるが、元の設置場所は不明。梅相院の前の道が池田亀山道(摂丹街道)である。

地蔵像を乗せる台石の各面に道標が刻まれている。「左 かめ山(亀山)道」、

右 いけた(池田)道」とあり、延享五年(1748)と記されている。

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牧 梅相院・合併記念碑

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 牧地区は昭和33年当時の東能勢村に編入された。

編入前は京都府桑田郡牧村。(現在亀岡市西別院町)

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牧 庚申塔(青面金剛文字塔)

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 庚申塔はかつて「庚申講」が行われていたことを証するもので、庚申講を3年18度続けた記念として建てられたものと言われている。青面金剛:顔の色が青い金剛童子で、大威力があり病魔・病鬼を払い除くと、言われている。手が4本、三眼で、元来二猿を従者としたが、後に道教の「三尸(さんし)九虫の説」から、三猿(罪過を見ざる、聞かざる、言わざる)となる。庚申待に祀る本尊名である。庚申塔婆には「青面金剛」の文字が刻まれる。

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牧 役の行者石像 

 役行者(役小角)は飛鳥時代から奈良時代にかけて実在した修験道の開祖。7世紀前半に現在の奈良県御所市に生まれる。17歳の時に奈良の元興寺(がんごうじ)で学び、その後、葛城山、金剛山で山岳修行を行い、熊野や大峰の山々で修行を重ね、吉野の金峰山(きんぷせん)で学び修験道の基礎を築いた。牧の「役の行者像」は、牧村の行者講(奈良県吉野の金峰山にある蔵王権現に参拝する信者の団体)によって祀られたものである。方1メートルの両開きの石扉をもつ石室内にあり、像の高さは約44cmである。作は江戸時代と推定される。

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牧 妙見山道標

 豊能町、牧の妙見山道標で、「右能勢妙見宮」とある。京都方面から亀岡・牧を経て妙見山参りをするための妙見道に建てられた道標である。京都の大西講が建立したもので、明治期のものと推定される。

 妙見宮への方角が違うので、もともとここに置かれたものではなく、田圃整備により移設されたものと推察される。

 

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野間口 淨光寺

 山号は光明山と号する。東本願寺末真宗大谷派に属する。

境内には浄土真宗の開山親鸞聖人像を見る。尚、昭和50年に本堂の修理改修が行われ、東本願寺より賜った本尊阿弥陀如来御影と、十字名号帰命尽十方無碍光如来を修復している。

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野間口 淨福寺

 紫雲山淨福寺。当地の旧城主山口左近の家臣の稲葉忠右衛門が真言宗に帰依し、一宇を建立し北の坊と称していた。その後、本願寺第14世寂如法主の弟子となって、浄土真に転じ、寺号を浄福寺と改めている。本尊は阿弥陀如来で、開祖親鸞聖人、本願寺八代宗主蓮如上人の絵像が安置されている。

108 牧 梅相院
 古来阿弥陀堂であったが、元笑路城(松尾城)城主長沢山城守の菩提追善のためにその 子長沢福松により建立された。江戸初期、領主前田安芸守の時、梅相院と寺号を改めた。山門の形式が薬医門という珍しい屋根の形式である。薬医門とは入口側に2本、内側に2本計4本の柱で屋根を支える構造の門で、本来は公家や武家屋敷の正門などに用いられたが、扉を無くして、医家の門としても使われたのでこの名称がある。

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牧 太歳神社

 創建は嘉祥3年(西暦850年)。祭神は稲田姫命(いなだひめのみこと)、

大己貴命(おおむなちのかみ)、大山昨命(おおやまくいのみこと)。

本殿は神明造り(間口一間)。脇の社殿には、かって至近の地にあった日吉神社も祀られている。明治40年の旧東能勢村の神社合祀には参加せず現在に至っている。

(日吉神社)

滋賀県大津市にある山王総本宮日吉大社が日本全国に多く存在している日吉神社の総本宮とされる。祭神は、東本宮:大山昨命(おおやまくいのみこと)、西本宮:大己貴命(おおなむちのかみ)である。各地の日吉神社に共通する「山王信仰」は日吉大社より生じた。

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寺田 大歳神社

 

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寺田 青峰寺

鴻応山青峰寺。曹洞宗の古刹。創建は寺田・大歳神社と同じ嘉祥3年(850年)

寺号が豊能町最高峰の鴻応山(標高668.9m)命名の基になった。本堂の他に観音堂があり西国三十三ケ所の霊場の観音菩薩像がある。釣鐘堂に梵鐘があるが、鋳造の年号は記されていない。先の戦争にも供出をまぬがれている。大歳神社の前に建つ。